バーチャル・エンジニアリング環境の遅れは、我が国製造業のアキレス腱となりかねない ものづくり白書

2020年版 ものづくり白書

「令和元年度ものづくり基盤技術の振興施策」(2020年版ものづくり白書)は、政府がものづくり基盤技術の振興に関して講じた施策に関する報告書です。経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省共同で作成作業を行い、5月29日、閣議決定され、その後WEBサイトでも公開されました。

今回のものづくり白書では、新型コロナウイルス感染症の拡大、米中貿易摩擦、地政学リスクの高まり等、不確実性が常態化し、サプライチェーンの再編など大きな変化を迫られている中で、我が国製造業がとるべき新しい戦略を提示しています。

具体的には、予測困難な環境の激変に対し、企業が迅速かつ柔軟に対応する能力である「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」を強化することこそが、これからは決定的に重要になることを明らかにしています。

その上で、この「ダイナミック・ケイパビリティ」を高めるためには、
1. デジタルトランスフォーメーションの推進
2. 設計力の強化
3. 人材強化
が必要であることを示した上で、その具体的な方策を、数々の事例とともに論じています。

以下本稿では、この「デジタルトランスフォーメーションの推進」と「設計力の強化」を中心に論じている 「第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」を中心にまとめてゆきたいと思います

想定し得るソリューションの例とその位置づけ
図 想定し得るソリューションの例とその位置づけ

デジタルトランスフォーメーションの推進

IoTを始めとする最新のデジタル技術は、上図のエンジニアリングチェーンサプライチェーン双方のチェーンの各所において、データの利活用を進める優れたソリューションを提供し、製造業に画期的な革新をもたらす可能性を持ちます。

そしてさらにエンジニアリングチェーンとサプライチェーンをシームレスにつなぐことも重要となります。

エンジニアリングチェーン = 設計力の強化

この中で、まずエンジニアリングチェーンの重要性について、改めて確認する必要があります。

製造業では、製品の品質とコストの8割は、設計段階で決まると言われています。そして近年のグローバル化、機能要求の高度化、ソフトウェアの複雑化などによって一層より重要になり、それに対応できるエンジニアリング能力の高さこそが、製造業の競争力を左右するといえます。

つまり不確実性に対応するには、想定外の突発的な環境変化に合わせて製品の仕様を変更、そしてその製造を可能にするような製品設計と工程設計の双方を含むエンジニアリングに高い能力があることが求められます。エンジニアリングの能力は、製造業が不確実性に対応するダイナミック・ケイパビリティの中核を占めるものといえるでしょう。

ところが日本ではバーチャル・エンジニアリング環境の遅れという大きな問題が存在しています。

バーチャル・エンジニアリングにより、企画、設計、製造、営業、品質、認証等の各分野の専門家、さらにはサプライヤーや一部顧客までも含めて、3D図面を用いて同期的・一体的に製品開発に参加することができる協業の場が実現します。また、バーチャル・エンジニアリングを用いることで、構想設計の段階で、検証も含めた詳細設計までが可能になり、リアルな試作の前に全ての仕様を決めることができるので、製品開発のリードタイムは、大幅に短縮することとなります。

ダイナミック・ケイパビリティ論に即していえば、バーチャル・エンジニアリングは、機会を捉え、既存の組織内外の資産・知識・技術を再構成して競争力を獲得する「捕捉」の能力を著しく高め、開発リードタイムを極限まで短縮化します。こうして、バーチャル・エンジニアリングは、不測の事態に迅速に対応する能力であるダイナミック・ケイパビリティを著しく高めます。

しかし現状の分析によれば我が国の製造業ではバーチャル・エンジニアリングの要である3Dによる設計が未だに十分に普及しておらず、この体制が整っていません。不確実性が高まり、製造業のダイナミック・ケイパビリティの重要性が増している中で、このバーチャル・エンジニアリング環境の遅れは、我が国製造業のアキレス腱となりかねないと言っても過言ではないでしょう。

エンジニアリングチェーンとサプライチェーンの連携

一方、エンジニアリングチェーンとサプライチェーンを連携させるために必要な第一歩は、設計部門が設計を行う上で使用する設計部品表(E-BOM)、製造部門が製造を行う上で使用する製造部品表(M-BOM)、そして工程設計情報をまとめたものである工程表(BOP)を結びつけて、各部門がこれらを共有することです。

「柔軟な組織」を実現するためには、権限や部門を横断した連携やコミュニケーションをより円滑に行うことができ、高いダイナミック・ケイパビリティを発揮できることが必要です。部品表や工程表の整備は、そうした部門を超えたデータ連携を容易にすることで、組織を柔軟にし、ダイナミック・ケイパビリティを高めるものです。

さらに、このようなデータの連携と双方向のコミュニケーションは、設計部門と製造部門のみならず、企業全体、さらには企業組織の枠をも超えてサプライヤーや顧客などの間でも実現することで、いっそう大きな威力を発揮するでしょう。

たとえばある国の生産拠点が停止せざるを得なくなった場合、生産を別の工場において迅速に代替できれば、供給途絶は回避できます。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大を契機に、グローバル・サプライチェーンの強化の必要性が改めて認識されていますが、強靭なサプライチェーンを構築するためにも、部品表や工程表を整備し、エンジニアリングチェーンを強化することが不可欠なのです。

2020年版ものづくり白書

同概要

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です