日立がGlobalLogic買収「経営と現場がリアルタイムでつながることが大きな力に」 一方で不安視する声も
日立製作所は、2021年3月31日、デジタルエンジニアリングサービスの米国GlobalLogic社(グローバルロジック)の買収を決定しました。買収は規制当局の承認等を経て2021年7月末に完了予定です。
買収総額は96億米ドル(約1兆368億円)を見込んでいます。
日立、米IT「GlobalLogic」を買収「Lumadaを進化させてグローバル展開を加速」
「経営と現場をリアルタイムでつなげる」
東原社長は会見の中で、これからは「経営と現場がリアルタイムでつながることが大きな力になる」「現場情報が経営情報として使われる、経営判断がリアルタイムで現場の機器を変えていく」といった時代になる、との見解を示しています。
DXの真の価値は各業務のデジタル化ではなく、組織や企業の枠を超えてこれらを連携させることでプロセスを革新し、各企業や社会の課題を根本的に解決したり新たな価値を創造することです。
そのために日立としては「複雑な課題解決には”Chip-to-Cloud”を1社で持つことが重要と認識」(徳永副社長)と考え、社内で十分には持っていなかったアジャイル開発の経験やエッジや組み込みソフトの経験を補う必要があった、としています。
日立はこれによって従来の基幹系、受託型を中心としたビジネスから経営課題、社会課題に向けてアジャイル開発による解決も提案できる顧客のパートナーとなることをめざし、Lumadaを強化します。
ビジネスの国際化も推進
従来Lumadaのビジネスは日本国内が7割を占めていました。
海外でのビジネスを伸ばすために、GlobalLogicの400社を超える強固な顧客基盤を手にすることも今回の買収の重要な要素であった、としています。
成功を不安視する声も
一方で、買収金額が1兆円と巨額であることや、過去日本企業による海外企業の買収があまり成功していないという経験から、今回の買収の成功を不安視する見方も出ています。
日立はGlobalLogic社を「社員2万人を擁するデジタルエンジニアリングサービスのリーディングカンパニー」であるとしており、同社は2020年度に売上約9億2100万米ドル(995億円)、EBITDA23.7%の見通し、としていますが、それでも8兆円を超える日立の売上からみると約90分の1の売上規模の会社にすぎません。
またGlobalLogic社は従業員一人当たりで計算すると、売上は4万6千米ドル (約500万円), EBITDA分を引くと一人当たり3万5千ドル(380万円)にすぎません。社員の平均給与はこれよりだいぶ低いことになります。
同社は買収を繰り返して成長してきましたが、Wikipediaによると、買収先は近年のスロバキア、ポーランド、イスラエルの企業を除けばそのほとんどがインドのオフショア開発企業です。
つまり、GlobalLogic社はインド、東欧の人員を中心とした低コストの分散型アジャイル開発の会社、と言えます。
会見で日立は「シニアなエンジニアが多い」(徳永氏)としているものの、このビジネス形態のままで今後も成長を続けられるかどうかは注意が必要でしょう。
また同社の持っている「400社を超える強固な顧客層」についても、WEBサイト等で見る限り、各プロジェクトは企業の一部業務にかかわるものが多く、大規模な企業での全社的なトランスフォーメーション責任者へのアクセスを大きく拡大するものではないように見受けられます。
これらの顧客に対してLumadaの価値が受け入れられるのも容易なことではないでしょう。
今後の戦略は
これらの状況を総合的に考えて、日立が今回の買収を成功につなげるためにどのような戦略をとることが求められるでしょうか。
東原社長の指摘通り、今後は全社的につながるソリューションを提案、提供できることが重要です。日立は顧客のトップに対してトータルのソリューションを提案することのできる組織や営業体制を整えるとともに、今回の買収によって手に入れた開発力も生かしながら「Lumada」によるプラットフォームの価値を強化してゆくでしょう。
一方で、日立1社で顧客の業務総てをカバーするソリューションを提供することはできません。他のシステムや既存のシステムと整合性がとれ、かつ連携が可能な統合は必須の要件となります。
具体的にはLumadaが世界的な標準に準拠することと、各ソリューションをモジュール化して提供すること、そしてそれぞれが国際的な競争力を持つことも重要です。
また、日立はLumadaアライアンスプログラムも進めていますが、これらを一層進めてエコシステムを広げてゆくことも重要です。
これらにより、既に他社システムを利用している顧客に対しても新たなソリューションを提供するきっかけを作ることができます。
エンジニアリング・チェーンへの対応
今回の発表では受発注から生産、販売、サービスを通した、いわゆる「サプライチェーン」のプロセスに焦点が当てられています。
一方で製造業の製品企画から設計開発に至る「エンジニアリング・チェーン」について、そしてそれらの連携については特に触れられていませんが、こちらへの対応も重要となります。
この部分について補うために、昨年(2020年)、PTCジャパンとの協業が発表されています。
日立、アライアンスプログラムを発表 PTCとも協業で合意、エンジニアリングチェーンとサプライチェーンの連携を目指す
但し、この発表はPTCジャパンとの日本国内での限られたパートナーシップのように見受けられます。
今後は海外においてもいずれかのPLMベンダーと同様のパートナーシップの締結または拡大が必要となるかもしれません。
さらに、企業全体や自治体等との協業を進めるためにも、世界規模のITベンダーやコンサルティング会社などとのパートナーシップを結ぶことも考えられます。
これらを基にまずは日本国内での実績を作り、それを世界的に展開するのが現実的な戦略と思われます。
まとめ
以上みてきたように、日立は従来の国内客先システムの請負開発中心のビジネスから、世界の顧客に対し価値を提案することで利益を生み出すビジネスに転換し、売り上げの増大とともに利益率の向上を図る戦略で、今回の買収もその一環と考えられます。
さらにLumadaの国際標準への準拠、エコシステムの拡充、エンジニアリング・チェーンとの連携などによりその体制づくりを進めるとともに、今回入手した開発力も生かしながら、各ソリューションのモジュール化とそれぞれの競争力を世界レベルに保つことが成功への重要な鍵となると考えられます。